今月の一押し2005年4月11日


苦い砂糖
原井一郎
1,890エン/2005/01/27

書評『苦い砂糖』

南海日日新聞05年2月12日掲載
親里清孝アニ・初登場!

 「新聞人はどんな立場で記事を書かれるのだろう」
とかねがね思っていた。

 著者の原井一郎氏は一線を引かれて十余年という。
氏はこの間、「歴史の連鎖の渦」を強く感じる日々だ
った。

 薩摩藩の黒糖収奪からくる疲弊と島民の抵抗、明治
初期の旧慣と勝手世騒動、鹿児島県の干渉と島ぐるみ
の三方法運動(倹約・貯蓄・債務対策・法廷闘争)、
県の大島郡経済分別施行令(明治二十五年)による財
政分離と島のさらなる貧困、戦災と米軍統治、日本復
帰と奄美群島特別措置、地場産業の衰退と自然破壊な
ど、こうした島の「負の連鎖」は、なぜ起こり、どう
して断ち切れないのかと自問自答する。

 そして、氏は『名瀬市誌』にそって「奄美の歴史的
解明の不十分さにあった」と考える。「私たちは過去
に相変わらず無頓着で、先人たちの苦闘を絵空事のよ
うに葬り、目先の欲望にしか関心を払わない」と。

 氏は自ら足下の歴史―近世・近代・現代―の旅に出
て、一冊の報告書を上梓された。

 私事にあたるが、中学の愛読書は文英吉氏の『奄美
大島物語』であった。本書の「西南戦争と嘆願団」(
第三章・南里の決起)で、その本からの引用に再会し
た。四十数年ぶりにである。

 修学旅行で高千穂丸が七島灘にさしかかる頃、愛読
書の一行一行が甦って胸が一杯になったことを思い出
した。著者の原井氏も「あとがき」で中高生でも読み
親しめる奄美の歴史を願っておられる。

 私が文英吉氏の『奄美大島物語』で生きる喜びを得
たように、原井氏のこの著書の語りが、青少年や若い
読者に届くことを願ってやまない。

 本書はまるで宝石箱のように、たくさんの種子が宿
っている。ためしに筆記具を用意して読み始めたら、
綾織のように姿を現すだろう。島の歴史記述を特殊か
ら一般化する努力も著者は試みている。

 勝手世騒動に続く、自由化闘争が日清戦争の熱気に
吸収され、岡程良が提唱した糖業近代化も日露戦争の
熱気に実を結ぶことなく霧散したと。

 最後に著者は読み手の一人ひとりに問いかける。『
苦い砂糖』とは?答えは百通り、いや読者の数だけ用
意されている。中高生を対象に奄美社会を語る一番手
の本であろう。

    親里清孝(塾頭)

 




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