水銀と自閉症(5)

2003年9月,伊地知信二・奈緒美

最近の水銀と自閉症に関する論文をご紹介します.MMR-自閉症訴訟に加え,thimerosal-自閉症訴訟も世界的な広がりをみせているようです.MMR-自閉症訴訟はイギリスが中心で,thimerosal-自閉症訴訟はアメリカ・カナダが中心のようです.もちろん,前にも書きましたように,水銀が体に良いわけがありませんので,なるべく水銀の入っていないワクチンを使うべきことははっきりしています.いまだにいろいろな立場からの発言がありますが,自閉症との因果関係については否定的見解が一般的です.水銀と自閉症の因果関係を肯定している人々全てが,文献2が批判しているような,junk scientistやお金目当ての弁護士やなんでも信じてしまうジャーナリストではないでしょうが,欧米で訴訟騒ぎを扇動している活動家の中にそのような人が一部まぎれこんでいるのは事実なのかもしれません.

 

ブリティシュコロンビア州(カナダ)での民事訴訟(文献1):中立的立場

バンクーバー法律事務所は,ワクチン防腐剤であるthimerosalと自閉症の因果関係を訴えたブリティシュコロンビアでの民事訴訟を2件提出した(ブリティシュコロンビアでは最初).また,この訴訟には,同様の訴訟問題を取り扱っているアメリカの弁護士が協力している.2歳前にthimerosal含有ワクチンを接種された1980年以後に生まれた児のために,集団訴訟が提出された.David Klein弁護士は判決まで一年かかるかもしれないと述べた.この訴訟は,エチル水銀を50%含有しているthimerosalが一部の児における神経学的ダメージの原因になっているとする主張に基づいている.カナダにおける小児用ワクチンには,thimerosalは1970年代から2年前まで使用されていると,バンクーバー沿岸健康局の主任担当者であるJohn Blatherwick先生は語った.現在thimerosalはインフルエンザワクチンにのみ使用されている(カナダ).彼は,thimerosalは長年にわたり非常によい防腐剤であったわけで,その水銀レベルは非常に微量で安全性は高いとも述べた.Blatherwick先生は民事訴訟の経験は多くはないが,きっぱりと自閉症との因果関係は確立されていないと言い切った.「因果関係が証明されるような大規模研究を示すことができるような説得力のある科学者を彼らが見つけ出すことができるとは思えない」と付け加えた.

 
ヘビーメタル(文献2):否定的立場

大西洋の両岸で,多くの人々が自閉症の原因がワクチンであると主張している.妙なことには,異なるワクチンが非難されている.アメリカでは,親の活動家は三種混合ワクチン(ジフテリア,百日咳,破傷風)やその他のthiomersal(thimerosal)含有ワクチンを問題としている.イギリスでは,親はMMRが原因としている.MMRワクチンは弱毒化生ワクチンであり生きたウイルスで作られているため,thiomersalは含まれていない.英米間の緊張状態を緩和するためのタイムリーな試みとして,運動家の中には,両方のタイプのワクチンの組み合わせにより自閉症が起こるとする説を考え出したものもいる.自閉症とワクチンの因果関係説は一連の時間的一致に基づいている.自閉症が最初にアメリカで論文に記載されたのが1943年であり,ジフテリアの集団接種は1940年代に導入された.自閉症はアメリカおよびイギリスにおいて最近増加しているようであり,アメリカでは児童のワクチン接種率は増加し,イギリスでのMMR接種率も増加している.あかちゃんがワクチンを受け,幼児が自閉症になっており,MMRは12ヶ月以後に接種され,自閉症は18ヶ月頃に表面化するのである.アメリカからの最近の報告は,自閉症とワクチンや水銀との因果関係説を支持するエビデンスがないことを表明している.thiomersalは,特に問題なく半世紀以上も使用されてきた.エチル水銀が含まれているが,サメやマカジキやメカジキに含まれるメチル水銀に比べ血液脳関門を通過しない.また水銀中毒が自閉症の原因とされたこともない.運動家は水銀中毒の症候が自閉症のそれと類似していると主張しているが,詳しく観察すると,両状態の特徴的臨床症状はまったく異なるものである.誤解に基づくワクチンへの攻撃をやめさせるために,アメリカの運動家をこれらの情報で説得できるであろうと楽観視することはできない.イギリスでは,MMRと自閉症の因果関係を否定する圧倒的なエビデンスがあるにもかかわらず,MMRに対する反対運動はおさまっておらず,接種率が減って問題となっている.運動家はますます無理のある見解に追い込まれ,一旦自閉症が増えている原因としてMMRを非難していたが,現在ではMMRは疫学的研究が検出できないほど小数の一部のサブセットの原因として扱われている.窮地に追い込まれている親は因果関係を誤解してしまうことは理解できるが,役に立たない科学者(junk scientists)やお金めあての弁護士,そしてすぐに真に受けるジャーナリストによって,親の不安が利用されるのは恥ずべきことである.

 
Thimerosal含有ワクチン後の神経発達障害(文献3):肯定的立場

我々は当初,ワクチン中のthimerosal濃度が小児の予防接種後の神経発達障害の発生率に何らかの効果を持つことに非常に懐疑的であった.本研究は,アメリカで施行された数千万件のデータに基づき,ワクチン中のthimerosal量の増加を神経発達障害に関連づける疫学的エビデンスを初めて提示するものである.特に,ワクチン副反応報告システムデータベースの解析では,自閉症(relative risk=6.0),精神発達遅滞(relative risk=6.1),そして会話障害(relative risk=2.2)の発症率における統計学的な増加が,thimerosalを含有するジフテリア,破傷風,そして百日咳ワクチン(三種混合ワクチン)において,thimerosal非含有三種混合ワクチンとの比較から示された.男女比においては,三種混合ワクチン摂取後の自閉症と会話障害は男児に多く,精神発達遅滞は接種児においては男女同じ程度であった.データにおけるバイアスの存在を検証するためにコントロールを検討したが,バイアスは検出されなかった.全体で,副反応は,thimerosal含有三種混合ワクチン摂取後でも,非含有三種混合ワクチン摂取後でも,同じ年齢層に報告されていた.死亡,血管炎,けいれん,救急外来受診,全副反応,そして胃腸炎などの,急性期副反応は,thimerosal含有でも非含有でも同様に報告されていた.神経発達障害とthimerosal含有三種混合ワクチンの間の関連は見つかったが,本研究の結果を検証し,さらに知見を得るためには追加研究が行われるべきである.

 
自閉症児毛髪中の水銀(文献4):肯定的立場

自閉症の報告発生率は,アメリカおよびイギリスにおいて急速に増加してきた.このような増加現象の背景となるひとつの可能性のある因子は,thimerosal含有ワクチンを介した水銀暴露の増加であるが,ワクチンでの水銀暴露は,妊娠中および乳幼児期における累積水銀暴露の一部として評価する必要がある.出生後の水銀排泄の率の違いで,なぜ妊娠中および幼児期の水銀暴露がいろいろな神経学的効果を持つのかを説明できるかもしれない.出生後の最初の散髪の毛髪は,DSM-IVで診断された94人の自閉症児から得られた.また,年齢と性を適合させた45人のコントロールからも集められた.食事,歯科治療(アマルガム使用の有無),ワクチン歴,(Rhマイナス妊婦への)抗D免疫グロブリン出産後投与,および自閉症症候の重症度などの情報は,母親への質問紙法および臨床観察から調査した.自閉症グループにおける毛髪水銀レベルは,0.47ppmで,一方コントロールでは,3.63ppmであり,有意差がみとめられた.自閉症グループの母親は,優位に水銀暴露歴レベルが高く,抗D免疫グロブリン投与や歯科治療でのアマルガム充填などがコントロールの母親より多かった.自閉症グループ内では,自閉症症候が軽度で水銀レベル0.79,中等度で水銀レベルが0.46,重症で水銀レベルが0.21ppmであった.コントロール群での毛髪水銀レベルは,児のワクチン接種による水銀暴露と同様,母親の歯科治療(アマルガム充填)や食べる魚の量と有意に相関していた.そのような相関は自閉症群においてはなかった.自閉症児における毛髪排泄パターンは,コントロールと比較して,有意に減少していた.これらのデータは,従来の総水銀暴露の指標としての毛髪解析の意義に疑問を投げかけるものである.神経発達障害における水銀の役割の生物学的疑わしさに注目すると,本研究は早期の水銀暴露が自閉症のリスクを増加する可能性に関して新しい見識を提供する.

 
多国間比較(文献5):否定的立場

背景:1999年,防腐剤であるthimerosal含有ワクチンが,自閉症あるいは(and/or)他の神経発達障害のリスクを増加させていないかという懸念が出現した.(方法)1980年代の中ごろから1990年代の後半の間に関して,カリフォルニア,スウェーデン,デンマークにおける自閉症の有病率/発生率と,thimerosal含有ワクチンへの平均暴露との間に関連がないか比較検討を行った.各国のポピュレーションデータを検討するために,グラフによるecologic解析が行われた.アメリカに関しては,全国予防接種率調査とカリフォルニアにおける特別教育サービスに申し込みがあった自閉症様障害と診断された児の数をデータとした.スウェーデンについては,自閉症ケースの全国入院データ,全国予防接種率レベル,そして,全てのワクチン使用に関する情報と各ワクチンのthimerosal量をデータとした.デンマークに関しては,自閉症診断例の全国入院外来登録,全国予防接種率,そして全てのワクチン使用に関する情報と各ワクチンのthimerosal量をデータとした.(結果)3つの国全てで,自閉症様障害の発生率および有病率は1985年から1989年の間に上昇し始め,その増加率は1990年代の前半にさらに加速した.しかし,ワクチンからのthimerosalの暴露量の平均が1990年代をとおして増加したアメリカにおける状況と対照的に,スウェーデンとデンマークの両国におけるワクチンからのthimerosal暴露量は,1970年代から1980年代と既に低く,1980年代の後半には減少し始め,そして1990年代早期にゼロになっている.(結論)存在する全てのデータは,thimerosal含有ワクチンへの暴露の増加が,世界的にみられる小児における自閉症の率の明らかな増加の原因であるとする仮説に矛盾する.

 
デンマークでの検討(文献6):否定的立場

(目的)ワクチン中の水銀含有防腐剤であるthimerosalが,自閉症発症のリスクファクターであることが示唆された.我々は,デンマークにおけるthimerosal含有ワクチンの使用中止が自閉症の発生率を減らしたかどうかを検討した.(デザイン)1971年から全ての精神科入院例が登録され,1995年からは全ての精神科外来受診例が登録されている,デンマーク精神科センター研究登録データを解析した.(患者)2歳から10歳で,1971年から2000年の間に自閉症と診断された児童全員を対象とした.(アウトカム評価)年間および年齢別発生率(結果)男女比が3.5対1の956人の児童が1971年から2000年の間に自閉症と診断されていた.デンマークにおいては1990年までthimerosalが使われていたが,その時期の自閉症の発生率の増加傾向は見られなかった.thimerosalがワクチンに使われなくなってからの,1991年から2000年まで,自閉症発生率は増加し続け,thimerosal中止後に生まれた児童においても増加していた.(結論)デンマークにおいてはthimerosal含有ワクチンが使われなくなった後に,自閉症の発生率は増加していた.我々のデータはthimerosal含有ワクチンと自閉症発生率の関連を支持しない.

 


文献
1. Kent H. BC lawsuits try to link thimerosal to autism. CMAJ 168: 1171, 2003.

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3. Geier MR, Geier DA. Neurodevelopmental disorders after thimerosal-containing vaccines: a brief communication. Exp Biol Med 228: 660-664, 2003.

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5. Stehr-Green P, et al. Autism and thimerosal-containing vaccines: lack of consistent evidence for an association. Am J Prev Med 25: 101-106, 2003.

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