Sorry, so far only available in Japanese.
「腸炎に関連した後天性の自閉症?」に関する議論(2)
MMR・自閉症・腸炎(2)

1998年5月、伊地知信二/奈緒美

WakefieldらのMMRワクチンと腸炎に関連した自閉症の論文(文献1)は,問題提起という役割を充分に果たし,たくさんの意見や批判を集めました(平成10年3月に同じタイトルで話題に掲載).その後,さらにいくつかの知見や論評がランセット誌に追加されましたのでまとめてみます.
(Peltola H.ら:文献2)フィンランドのMMRワクチン事業の副作用フォローアップ.14年間蓄積されたデータの中から,MMRワクチン接種後に24時間以上持続する消化器症状を呈したケースが31例あった(約三百万件中).しかし,この31例中に自閉症関連状態を併発した例は一例もなかった.
(Walker D.R.:文献3)炎症性腸疾患が自閉症に関連している可能性が提起されたことは有意義なことである.しかし,Wakefieldらは,MMRワクチンとこれらの疾患が関連している可能性を以前発表し,その後何の証拠も集積しない状態でランセット誌上に同じ示唆を再度発表したわけで,この仮説はさらに信頼性を落とした.Wakefield氏は,臨床研究家として,科学的に臨床研究を行う責務があり,患者の声を聞くことはもちろん大切であるが,偏った症例選択はすべきでない.
(Sinclair L:文献3)Wakefieldらの論文中の表1に,明らかに正確性を欠く部分がある.表には,検査値の正常範囲が示されているが,免疫グロブリンの正常範囲が通常の場合と異なっている.また,アルカリフォスファターゼの正常範囲は成人のものが記載されており,小児は成人の2.5倍高値を示すので,異常と記載されている症例1,4,6は正常である.症例7,8,12のIgA値や,症例8のIgG値も,小児の正常範囲を適用すれば正常である.症例7の血沈値も,ヘモグロビン値で補正すれば正常である.
(Richmond PとGoldbatt D:文献3)Wakefieldらは,回腸末端のリンパ様結節性過形成の存在を,特異な疾患プロセスとして強調したが,この所見は基本的には健常児にもみられることが知られている.また,IgA減少として記載された4例のうち3例は,小児用の正常値で判断すれば,正常範囲内である.また,IgGの低下を示すとして記載された4例も全て正常範囲内である.
(Rouse A:文献3)インターネット上に,イギリスの自閉症協会(Society for the Autistically Handicapped:SFTAH)から,大量のMMRワクチンに関する情報が提供されており(http://www.rmplc.co.uk/eduweb/sites/autism/index.html),この情報をみた親が,Wakefieldらの病院に集まった可能性がある(結果的に特定の背景を持った偏った症例が集まる).Wakefieldらは,患者の受診理由を明らかにしておらず,もしSFTAHのホームページからの情報がきっかけで受診したケースがあるのであれば,Wakefieldらはこの協会との関係を明らかにすべきであった.
(Bhatt R:文献3)Wakefieldらは,MMRワクチン接種後の非特異的回腸リンパ様結節性過形成が原因の慢性のビタミンB12吸収不良状態が,自閉症の発症に関与している可能性を示唆した.しかし,ビタミンB12とメチルマロン酸テストなどのデータの解釈に問題がある.ビタミンB12欠乏や炎症性腸疾患の徴候がない時期に急に自閉症が発症しており,ワクチン接種後の副作用は7例で直ちに,4例で遅発性に発生しているのに,11例全てで発達障害(自閉症)が起こっている(12〜21ヶ月).腸症状は18〜30ヶ月で出現し,7例だけで組織学的に炎症性腸疾患が確認されている.メチルマロン酸の増加は,8例で検討されており,正常コントロールは4例であるので,平均値の有意差には信頼性がない.小児での基準値(正常範囲)も示されていない.ビタミンB12欠乏やメチルマロン酸の増加をきたす他の原因は除外されておらず,ビタミンB12投与によるメチルマロン酸値の低下も検討されていない.食事療法中の自閉症児に試みられることのあるビタミンC投与などはビタミンB12欠乏状態を誘発することが知られているが,Wakefieldらの報告では,患者がこれまでに受けた治療に関する情報が欠如している.バリン負荷後の血清/髄液/尿中のメチルマロン酸値の上昇が確認され,髄液と血漿中のコバラミン値が測定されなければ,脳でのビタミンB12欠乏状態は仮説の域をでない.
(Tettenborn MA:文献3)私は,Wakefieldらに患者の臨床情報を提供した小児科医の1人であり,私自身も,自閉症関連状態の出現と消化管症状との関連性を認識していた.これらの患者のほとんどが,食物不耐症に関連すると思われる他の徴候(鼻閉,湿疹,口渇,眼周囲のくぼみ,扁桃腺腫大)を有していた.Wakefieldらが考察している病態プロセスは,腸内細菌叢の変化,消化管粘膜の透過性の増加,食物不耐症の3者の関連を含んでいる.二重盲検法によるデータがあるわけではないが,これらの患児に抗真菌薬を投与すると,自閉症症状も消化管症状も改善する場合がある.治療を中止すると症状はまた悪化する.
(Fisher BL:文献3)Wakefieldらの報告のような研究を否定すると,ワクチンによる免疫学的異常や神経学的異常を来たし易い子どもを,予め(遺伝子レベルで)同定するための科学的な進歩が望めなくなる.また,ワクチンの副作用に対する治療法の進歩も同様に望めなくなる.
(Kiln MR:文献3)議論の中に,1990年代前半に使われたMMRワクチンが副作用のために既に使われていない事実がでてこないのは驚きである.私自身は,ワクチンが変わってから,MMRワクチンによる副作用の患者を診たことも聞いたこともない.Wakefieldらの症例は,その年齢からすると,ワクチン変更後の接種である.Payne CとMason Bは,イギリスのスワンシー地区で1990年以後に生まれた全ての子どものワクチン接種状況と自閉症の関連を報告しているが(文献5:関連性なし),ワクチン内容の変更後の検討でなければ意味がなく,MMRワクチンと自閉症との関連を否定する証拠は現時点では何もないことになる.我々医師が全ての情報を提供することが最も重要である.
(著者返事/Wakefield AJ:文献3)サイエンスにバイアスはつきものである.(バイアスがあっても,)症例の持つ重要な示唆を無視すべきでない.イムノグロブリンやALPの正常範囲とその判定については,ご指摘のとおり,我々の間違いであるが,論文の結論に影響するものではない.患者が我々を受診する過程に,(MMRワクチンの)訴訟問題を含むSFTAHとの関連はない.自閉症と消化管病変との関連については,小児消化器科の専門医によるさらなる検討が必要であると考える.
(著者返事/Walker-Smith JA:文献3)MMRワクチンとの関連に対する批判は,消化管病変と自閉症との関係に関する我々の観察の重要性を曖昧なものにしてしまう可能性がある.Fombonne Eは,自閉症児においてCrohn病や潰瘍性大腸炎の患者が多くないことを示した(文献4)が,我々は,自閉症者においてCrohn病や潰瘍性大腸炎が増加していると指摘したのではなく,回腸のリンパ様結節性過形成を伴った非特異的大腸炎と自閉症の関連を示唆したのである.この回腸のリンパ様結節性過形成が腹痛や下痢などの症状の患者でしばしば報告されている所見であり,放射線専門医や内視鏡専門医が不正確に多用する概念であることは承知しているが,我々が自閉症に関連して報告したような程度の変化は,一般の内視鏡施行例の12〜13%程度にしかみられない.
(Bhatt Rの批判に対する著者返事/Linnell J:文献3)尿を測定し得た全例で,年齢と性をマッチさせたコントロール値の上限よりも高いメチルマロン酸値を呈していた.ビタミンC療法を受けたことのある症例は含まれていない.


文献
1. Wakefield AJ, et al. Ileal-lymphoid-nodular hyperplasia, non-specific colitis, and pervasive developmental disorder in children. Lancet 351: 637-641, 1998.
2. Peltola H, et al. No evidence for measles, mumps, and rubella vaccine-associated inflammatory bowel disease or autism in a 14-year prospective study. Lancet 351: 1327-1328, 1998.
3. Correspondence. Autism, inflammatory bowel disease, and MMR vaccine. Lancet 351: 1355-1358, 1998.
4. Fombonne E. Inflammatory bowel disease and autism. Lancet 351: 955, 1998.
5. Payne C, Masson B. Autism, inflammatory bowel disease, and MMR vaccine. Lancet 351: 907, 1998.


表紙にもどる。


ご意見やご質問のある方はメールください。

E-mail: shinji@po.synapse.ne.jp